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大阪高等裁判所 昭和47年(け)13号 決定

主文

原決定を取消す。

理由

本件異議申立の趣意は、申立人に対する道路交通法違反被告事件について、昭和四七年一一月二九日控訴棄却の決定があつたが、右決定は不服であるから異議を申し立てる、というのである。

よつて、本件異議申立事件記録および本案の申立人に対する道路交通法違反被告事件(当庁昭和四七年(う)第一、一九七号)記録を調査するに、これによれば、申立人は、第一審の岸和田簡易裁判所において、大阪府公安委員会が道路標識によつて追越し禁止場所と指定した場所において普通乗用自動車を運転して他車を追越したとの道路交通法違反の事実により有罪の判決を受けたこと、申立人はこれを不服として所定の期間内に控訴を申し立て、私選弁護人を選任することなく、自らの作成した控訴趣意書を、指定の控訴趣意書差出最終日たる昭和四七年一一月七日に控訴裁判所に差し出したが、右控訴趣意書には、「一、事実誤認で道路交通法違反ではない 二、被告人は道交法違反を頭初より認めていない 三、証拠がない 四、仮に追越し追抜きの区別が認められないとしても行為が過失であり又反則行為であること 五、手続上疑義あり 以上」との記載がなされていたに過ぎないこと、そこで原決定は、右控訴趣意書の記載のみによつては、刑事訴訟法三八二条に規定する「訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるもの」および同法三七九条(原決定に三九七条とあるのは誤記と認める。)に規定する「訴訟記録及び原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて明らかに判決に影響を及ぼすべき法令の違反があることを信ずるに足りるもの」が援用されていないから、控訴趣意書が法律で定める方式に違反しているときにあたるとして、同法三八六条一項二号により決定で本件控訴を棄却したこと、以上の事実が認められる。

ところで、刑事訴訟法三八二条および三七九条が、事実誤認および訴訟手続の法令違反を理由として控訴の申立をした場合には、控訴趣意書に、訴訟記録および原裁判所において取り調べた証拠に現われている事実であつて、明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認または法令違反があることを信ずるに足りるものを援用(以下、単に「事実の援用」という。)しなければならない旨を規定したゆえんは、ひつきよう、控訴審がいわゆる事後審として原判決の当否を審査することを目的とするものであるとの控訴審の措置に由来するものと考えられる。すなわち、右の規定は、控訴申立人に控訴趣意書差出義務を認めた同法三七六条と相待ち、まず、原判決の不当を主張する控訴申立人をして、控訴趣意書に、原判決にはどのような欠陥(控訴理由)があるというのか―本件に則していえば、原判決の事実認定にどのような誤りがあるというのか、また、原審の訴訟手続にどのような法令違反があるというのか―を、控訴趣意の形で、具体的に、しかも簡潔に記載させ、これによつて控訴審での審査の対象を明確にし、その審査を控訴趣意中心に効果的に行なわせることとするとともに、その控訴趣意の記載についても、これを訴訟記録または原裁判所において取り調べた証拠との関連においてさせることにより、当該控訴趣意が原審の記録または証拠に現われている事実に基づくものであることを控訴趣意書自体で明らかにさせ、これによつて事後審性からの徒らな逸脱を防止しようとするにあるものと思われる。そうだとすると、控訴趣意書において事実を援用するに当つては、控訴審裁判所が審査の対象を適確に把握しうる程度に控訴趣意を具体的に記載するとともに、それが原審の記録または証拠に現われている事実に基づくものであることを明らかにする必要があると解するのが相当である。

そこで、本件についてこれをみるに、まず、本件控訴趣意書のうち事実誤認をいう部分についていえば、一の「事実誤認で道路交通法違反ではない」、二の「被告人は道交法違反を頭初より認めていない」、三の「証拠がない」、四の前段の「仮に追越し追抜きの区別が認められないとしても行為が過失であり」の各記載がそれに当るものと解されるところ、たしかに右記載ははなはだ簡略で、一見事実の援用を欠くと思われないでもない。しかし、もともと本件において原判決が認定した犯罪事実は一個であり、しかも、その事実も前叙のごとき追越し違反という極めて単純なものであつて、予想されるべき争点はおのずから限定されると考えられるところ、この前提のもとで本件控訴趣意書をみると、右一および四前段の記載を合わせ読むことにより、その控訴趣意が、結局、被告人は道路交通法上許された追抜きをしただけで、追越しをした事実はないこと、仮りに被告人の行為が客観的には追越しに当るとしても、被告人の主観においては追抜きのつもりであつたから、過失による追越し違反と認定されるべきであること、の二点に帰することが容易に看取しうるのである。また、右控訴趣意と記録または証拠との関連については、右二および三の記載により、右控訴趣意が記録および証拠中にある被告人の否認供述によつて明らかであるとし、なお他に右否認を覆すに足るだけの証明力をもつ証拠はないとの主張をも添えたものと容易に理解しうるのである。してみると、本件控訴趣意書は、訴訟手続の法令違反をいうと解される四の後段および五の点はさておき、少くとも事実誤認をいう部分については、控訴審の事後審性を害するものとして、控訴不成立の不利益を与えられねばならないほどに方式違反があるということはできず、ひいてその方式違反を理由に刑事訴訟法三八六条一項二号を適用して本件控訴を棄却した原決定は違法というのほかなく、その取消を求める本件異議申立は理由があるから、同法四二八条三項、四二六条二項により主文のとおり決定する。

(河村澄夫 滝川春雄 寺沢栄)

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